2012年10月28日

どうしたらよいのか?

希望の国のポスター
園子温監督へのインタビューを聞いて感動しました。物語は、原発事故がまた起きるというフィクションですが、被災地の方々にお聞きした言葉で、セリフが生きています。前にも書きましたが、原発事故をきっかけに、どんどん状況的に悪くなりあきらめがちな日本にも、心ある素敵な人たちが、「あきらめない!」でいることに勇気が出まするんるんるんるん揺れるハート





方射能の恐ろしさは、臭いが無く、色が無いことだ。いつの間にか、私達の身体の中まで入り込む。花粉症のようにアレルギーを起こしたら、人々に及ぼす影響の恐ろしさに、もっと真剣に取り組む人が増える。それもおかしなことなのだが、そして本当は、現在の状況を自分の事として、もう少し真剣に考えなければ取り返しのつかない状況に来ている。スーパーでは、福島産の野菜が多く売られている。放射能検査が早場米にしかされていないという心配のお米も出回っている。被害に合った農家の人たちには気の毒だが、「風評被害に負けないで食べましょう。」というのは事の方向をはき違えている。原発事故直後、古くからの友人に「君は活動家だ」と言われ、唖然とした事がある。叉「原発事故情報がおかしいので、自分できちんとした情報を集めないと」と話した、学生時代の友人も「考えすぎよ」で片づけられた。確かに煽り系の情報は沢山ある。その中でも、自分の目を開くときちんとした情報を得、事実を通して真実が見えてくる。忘れやすい日本人は、もう事故は過去のものでのほほんとし、再稼働の危険性も、「原発を無くしたら経済が立ち行かなくなる」などとのたまう。事故隠しを調べている、人たちの中にも自分の生活が危ういのに、評論として正義を述べる人が多い。クリスバズビー博士の本を読み、現在の日本の状況に絶望感しか持てないほど、事故収拾のめどがたっていないし、われわれの内部被ばくの心配が増えている。「私のような年齢では、がんの危険性が少ないから」という。その年齢の人たちが、現在のような状況を作り出した事を忘れた発言だ。これからの未来を受け継ぐ若い人たちに、どう責任をとれるのだろうか。ちなみに、政府は、ヨウ素、セシウムの危険性ばかり訴えていたが、すぐおかしいと思い調べた。放射能は、沢山の種類と危険性がある。NHkのETV特集で「チェルノブイリ事故後25年が」解かり易い。経済状況や、なにやら煽られてごたごたし始めた世界に、ますます市民の立場で両足で立つ大切さ、責任を実感する。
posted by ちひろ at 09:39| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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