2012年07月28日

本物の怒りのぶつけ場所。

「叱る事」と「怒る」事は違う。

以前、私が児童養護施設に勤めてすぐに、虐待を受けた兄弟を担当した。二人が受けた親からの暴力は凄まじく、よく命があったと思う程だった。
一緒に生活している時、その子を叱る事がよくあったが、兄の方はすぐ不貞腐れ目を合わせない。担当寮自体、荒れた寮に配置換えになったばかりの私なので、子供たちとの心のつながりがまだ希薄だった。そこへ虐待された子は、相手の感情を逆なでするのがうまい。そうして無意識の中で、自分と相手との距離、愛情を測っている。叱るときは相手と一対一で目を見て、話す。その時の最後に必ず、「何のために叱っているか。」を伝えた。「私は年齢から考えても、あなた達より先に死ぬ。親はみなそうでしょう。私がいなくなった時、あなたが幸せな生活ができるように、心配だから叱るの、。いまやった事を直さないと、どうしていけないか、幸せになれないか考えて御覧。たいせつな、子供が幸せになる事だけを考えて叱っているの。」といつも話した。彼らは、私の言葉だけでなく、心身全体から愛情を感じ、叱られたことを受け入れてくれるようになっていった。しかし、叱るときはいつもクールに相手の表情を見て、相手の感情を読み取るように心掛け、逆に言葉は感情的に、全部自分をさらけ出すようにした。そして相手の感情も出された時、静かに相手の良さを知らせ、ゆっくりさとし、受け入れた。それは、私が肉親ではないからだ。本当の親なら感情が高ぶり泣きわめきあっても、相手への心配で叱るのなら、心配している気持ちが通じる。しかし、ただ親の勝手な価値観や、周囲の価値観に流され自分の怒りを相手にぶつけるだけでは、反感しか残らない。大切な子を守れるのは、この世に親だけだ。その親が人生を懸け、子どもの将来を案じて叱る姿は、愛情のバロメーターでもある。よく電車の中で、母親は友人との話しに夢中で時々周囲の迷惑をかけているわが子に「やめなさい、迷惑でしょう。静かにしなさい。」といいつつ、親同士のおしゃべりが続く場面に遭遇した。叱るのではなく単に勝手に怒っているだけだ。「自分の会話を中断し、静かに子供の目線で目を見て話してほしいなーexclamation&question」と思ったことが何度となくあった。

おかしなことに本当に、怒り、怒らなければならない時にそうできないおとなが、日本中にあふれてしまった。自分さへよければ、今さえよければ。
自分が残す子どもたちの未来を考え心配し、そのために、今しっかりと誰に怒りをぶつけなければならないか、親しかできない事がある。そういう私もこんな世の中にしてしまった自分自身に、怒らなければならないと日々反省の毎日だ。
posted by ちひろ at 13:09| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2012年07月27日

いじめる子、育てる親。周りの大人。

大津のいじめ事件が発端で、3.11以降しばらくマスコミの話題にならなかったいじめ問題が、クローズアップされている。その間けっしていじめがなかったのではなく、マスコミは、震災の話題一色を取り上げていたからだ。私が自立支援施設(旧教護院)で、体罰をせずに非行をしてきた子ども達と、いじめやボス行為のない生活ができたのは、当たり前に誠実な大人の姿を見せたからだった。「親の後ろ姿を見て育つ」本当に先人の言葉には嘘が無く、知恵が有る。子どもを育てる責任はすべての大人にある。しかし、親の存在はその以前の問題だ。育てたように子は育つ。きっといじめている子の親の後ろ姿は、いじめをするこの鏡だったのだろう。見て見ないふりをした教師、教育委員会の委員たち、圧力でやっと動き出した警察官、個々はどんな親の後ろ姿を見て育ったか想像がつく。そして自身も自分の子ども達に、同じ後ろ姿を見せている。今、日本の子ども達の子育て、教育を立て直すのには、100年かかると言われるゆえんが判る連鎖だ。私の未完成の絵本「本当の宝物」はそんな子供たちをテーマにしている。実際、私が特に厳しく叱った事に、「自分がされて嫌な事は、人にはしてはいけない」だった。高校の時の経験から、自分自身に起きた事だと辛さが始めて解る。しかも、「自分に、もしこんなひどい事起きたら耐えられない・・!」と感じる心は、育てられ方から来ると思うし、周囲の大人の影響が大きい。私は、いじめた子にバーチャルリアリティー体験を、立場を逆転させ体験してほしいと思う。原発事故が収拾しない中、新たに原発を再稼働させ、「もしも、何かあったら全責任を摂ります」という人物が組閣した文部科学大臣が、いくら対策委員会を作っても・・・期待薄exclamation×2 大人に裏切られ傷ついた子達さえ、「自分にされたら嫌な事をしてはいけないってよく言われたけど、いまやっとわかった。」と学校の作文に綴って卒業した子がモデルの絵本を、頑張って描き終わろう。もう少しで、「あきらめない。大空」の下書が終わる。
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posted by ちひろ at 11:20| Comment(2) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2012年07月21日

良識の壁。

偶然のことから、東京新聞を読むようになりました。良識的に一番という今まで読んでいた新聞と比べ、紙面も少なく値段の安い東京新聞には不安が有りましたが、その内容の濃い事、そしてその報道姿勢の素晴らしさに感動です。3.11以降、誰を守るための報道か、また企業利害にとらわれず市民目線の報道かは難しくなっています。その中で誠実にジャーナリズムを貫き通している方達がはっきりしてきました。「7.16原発はいらない10万人集会の報道を観ていてもそれが明らかでした。そして今日の記事の中でも、心打つ記事を見つけたので、アップします。毎日放送『種まきジャーナル』のスタッフの方々も、大阪なのでパソコンからしか聞けませんが勇気と元気を頂いてます。
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これは、すごい記事でした。東京新聞は原発事故特捜班が、がんばっていますハートたち(複数ハート) 
 


昔、テレビに出ていた「たこ八郎」さんのことが出ていました。テレビのときは、「おかしな人だなー。」くらいしか感じませんでした。ある日妹が、この人はパンチドランカーで苦しんだんだよ。よく頑張っているよね。」と教えてくれました。
とぼけた演技からは、想像できないこんなエピソードがあったんですね。
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posted by ちひろ at 10:12| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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