2012年04月22日

小出先生の講演会に行ってきました。

昨日、日本教育会館での小出裕章先生の講演を聴きました。
いつもインターネットの、毎日放送「種蒔きジャーナル」から小出先生の現在の原発情報を得ることができました。原子力にあこがれて京都大学原子力研究所で研究を続けているうちに、原子力の危険性を知り、あらゆる原子力使用を反対されています。ご自分が先生と呼ばれることを嫌い、コツコツと40年間反対運動をされてこられました。地元の裁判で敗北しながら頑張っている住民の方々に、危険を実証するデーターを提供して、支えた京都大学原子炉研究所の、「熊取6人衆」と呼ばれた研究者の一人です。日本の大学で、反対の理由を科学的に証明し、頑張り続けた人たちがたった6人しかいなかったのです。今は、6人の中でも亡くなられたり退官され数人しか残られていない心細い中、原発事故が起きました。このような大変な状況なのに、不安をあおることなく、いつもと変わらない冷静で温かな誠実さがにじみ出る講演でした。しかし、原発が取り巻く状況は厳しく「昨年の3.11以降、世界が変わってしまったのです。もう戻れないのです。ですから今はその中で工夫して生きてゆくしかありません。汚染されないところはないのですが、大人によってもたらされた危険から、何の罪もない子どもたちを守らなければいけません」と言われました。「政府、東電が悪いのは当たり前ですが、自分を含め原発を止められなかった我々も悪いのです。だまされたあなた達も悪い。一度だまされた人は、まただまされます。」と厳しいことも言われました。返す言葉もありません。終始一貫して「どうにかして、子供を守りましょう」と訴えられました。今の汚染がれきの焼却方法も具体的で、より安全に行う方法があるようです。こんなになってもまだ政治家は、研究者の意見を聞かずに、どうして利権に走るのか腹立たしくなります。でも、そんな政治家に、政治を託した我々に責任があります。あとは、われわれひとりひとりが自己責任で、なんとか止める工夫をしないと・・・・・・・exclamationexclamation×2あせあせ(飛び散る汗)
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2012年04月18日

原作ができ、コマ割りに入りました。

被災地の友人から、「子どもたちの、心のケアーが大変」と連絡をもらいました。電話
そこで、色々考えて私ができることで「あきらめない、大空へ(仮題)」を書き上げ、私が書いた文章を友人達も協力してくれ、やっと何とか原作ができました。
主人公の玄ちゃんは、名前に反して弱虫の泣き虫です。ある日、元ちゃん家の鯉のぼりが元ちゃんに「綱をほどいてほしい」と頼みました。「大空を一度でよいから、自由に泳ぎたい」というのです。一度は断った元ちゃんですが、仲間の動物達の応援をえて風の神様のところにお願いに行きます。途中怖い意地悪カラスや険しい岩山にもめげず助け合い、進みます。さて元ちゃんたちは、風の神様に会えるでしょうか?
以上があらすじです。
「こころのメロディー」は、希望をもつ大切さとそこから、「生きる意欲がわく」事をテーマにしました。希望は生きがいを、身近なところから見つけることです。人に必要とされると、一番の生きがいになります。絵本でも、フィクションの中からちいさな冒険をとおし、子どもたち、大人たちの何とかしようとする力を見つけてほしいと願いました。未曾有な辛い体験をした方々に「がんばれ日本」などとはいえません。弱虫で意志の弱い私には、絵で寄り添わせて下さい。
DSC00101.JPG


「あきらめない。大空へ」のヒントにした絵です。

posted by ちひろ at 12:18| Comment(2) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2012年04月11日

太陽は3つ!?

その幼稚園は、カソリック教会で伯父の家の近くにあり、従兄が通っていたのでよくお迎えがてら遊びに行きました。それだけでなく、伯父の家に行くときは、誰もいない幼稚園の庭で従兄と仲良く遊んでいると、神父さんがいらっしゃり、お話しをしてくださいました。神父さんは背の高い外人で、当時まだ外国の人が珍しい時代、目の青い茶色の髪の人が流暢な日本語を話すのが、不思議でしょうがありませんでした。優しく静かにいつも穏やかに接して下さる神父様へのあこがれと、おしゃれな庭に咲く花、そして大好きなブランコ。それも当時やはり珍しかった4人乗りブランコにあこがれて、その幼稚園に入りました。ところが、私はせっかく幼稚園の2年保育に入ったのに、途中で辞めてしまいました。今でもその時の記憶は、断片的に覚えています。あこがれの庭で遊び、たくさんお友達がいて楽しくてしょうがなかったのですが、ちょっと自由な私は、先生の物差しからずいぶん外れていたようで。先生によく叱られました。
そのひとつ「太陽3つ事件」晴れ晴れ晴れお絵描きの時間に、私は大好きな野原と太陽を3つ描きました。それを見た先生は「ちひろちゃん、太陽は1つに決まっています。なおしなさい。」と言いました。「えっ、太陽はあちこちで、たくさん見えるでしょう。」exclamation&questionと聞き直しました。「違います。太陽は一つに決まっています。常識ですよ。パンチ」そして3つの太陽は、お迎えの父に報告されました。父はそれを聞き、ニコニコ笑い何も言いませんでした。

その日の夜、父は銭湯の帰りに高く見える銭湯の煙突を指さし、「ほら見てごらん煙突が見えるだろう。いくつ?」「一つ。」しばらく歩き、また「お風呂屋の煙突は幾つに見える?」「一つ。」「ね、高い所にあるものは一つでも、どこからでも見えるんだよ。太陽は、一つでも煙突よりもっともっと高い所にあって、世界中の人が見えるくらい大きいんだ。」「すごーい。」そんな体験ひとつひとつが、私が大人になってからの、子どもたちに接する仕事に生かされています。ちなみに、将来の私は、世界に出かけられる仕事、新聞記者、映画監督になりたかったのですが・・・・・ダッシュ(走り出すさま)

posted by ちひろ at 16:00| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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